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昭和生まれだから分かることがある I [コラム]

ボクらの世界.jpg


ボクらは多様性のない時代に育った。
食べる駄菓子も同じ。
遊びも同じ。
ファッションも同じ。
観るテレビ番組も同じ。
聴く音楽も同じ。
読むマンガも同じ。
「違う」ってだけで仲間はずれにされた。

大人は世間体を気にしていた。
お隣さんが紅茶キノコを育て始めると、
慌てて違うお隣さんから菌を分けてもらった。
子どもの友達が塾に通い始めたのを知ると、
自分の子どもも塾に放り込んだ。
近所の家からピアノの音が聞こえると、
ローンでピアノを買って、
子どもを音楽教室に通わせた。

親も先生も、
子どもが言うことを聞かなければ、
容赦なく叩き、
意見を聞くことなく従わせた。

でも、ボクらには、
ボクらだけの時間があった。
ボクらだけの場所があった。
大人は暴君だったけど、
ボクらのことを異星人だと知っていて、
ボクらの世界に踏み込もうとはしなかった。

児童心理学者が社会的な認知を受けず、
児童心理カウンセラーが商売にならなかった頃、
ボクらには本当の自由があった。
大人には決して入り込むことを許さない
ボクらだけの世界があった。
ボクがボクであるために
絶対に大人に渡せない世界があった。

そしていま、ボクらの子どもたちは…



■「黒い絵」 公共広告機構30周年記念CM 2001年■

http://www.youtube.com/watch?v=SNv4hBbu8K4


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電車ごっこにみる今昔考 [コラム]

電車ごっこ1.jpg ぼんくらオヤジの住む名古屋には公園が多い。買い物の帰り道や散歩の途中で公園のベンチに腰を下ろし、平日の午前中ならゲートボールに興じるジジババタチを、午後や休日なら元気に駆け回る子どもたちを眺めながらおやつを頬張るのが大好きなんだ♪ ここで親しくなった人達は数知れず、公園はリアルな世界でのブログのような役割を果たしているともいえる。
 とくに、ぼんくらオヤジのように少年時代のかなりの時間を友達と公園で過ごした人間には、目に飛び込んでくる子どもたちの遊びや遊び方、友達関係などが多くの場合はかつての自分と見事にダブり、時と場所を越えた子どもたちの普遍的な世界を垣間見る思いがするよ。
電車ごっこ2.jpg でもね、時として違和感というか、
「あれ、何かが違う」
 って思うことだって当然ある。それは子どもたちのファッションであったり、遊びの種類であったりすることが大半なんだけど、中には、子どもの世界が根本的に変質してるんじゃないかと思うこともあるんだよね。
 例えば「電車ごっこ」。バスごっことしてやった人がいるかもしれないね。遊び方はいろいろだけど、典型的なのは何かで輪っかを作り、その中で2人以上の子どもが縦一列に並んで歩き、電車やバスを疑似体験するよね。輪っかはみんなの持ってる縄跳びの縄を持ち寄って結べばカンタンにできたし、最悪、ヒモやロープがなくても、前の友達のベルトやズボンを掴めば連結できたから、手持ち無沙汰な気分の時にはすぐに盛り上がれるお手軽な遊びだったよね。そういや、当時流行ってたフラフープの輪っかで電車ごっこをした人もいるんじゃないかな。
 ぼんくら少年たちは京王・井の頭の沿線に住んでたから、京王と井の頭の二手に分かれて明大前駅ですれ違う様子をシミュレートしたり、じゃんけんをして勝ったほうが特急か急行で、負けたら鈍行というルールを作って、新宿から京王八王子までどっちが先にゴールするかなんて、結構、凝った電車ごっこをして遊んでたよ。車掌役が検札までやって無賃乗車の客をタイホしたりとやりたい放題だったな^^; 子どもたちが想像力を働かせて思い思いに遊べたから、時代や地域でそれぞれに特色があったんじゃないだろうか?
電車ごっこ3.jpg その電車ごっこを公園で見かけないのだ。いや、一度だけあるんだな。幼稚園の子どもたちが先生と一緒に来て、電車ごっこを始めたんだ。先生たちが子どもたちを何グループかに分け、予め用意してあったロープ製の輪っかを渡すんだよね。そして先頭になった子の前には先生が電車の正面を描いたダンボールのプレートを付けてあげて、ようやく電車ごっこが始まるんだ。先生方は進む方向から歩く速さまで、片時もそばを離れず注意して見ていて、ちょっとでも危険と判断すると電車を止めて安全確認。ケガをされちゃうと監督不行届ってことになるんだろうねぇ。
 後でぼんくら息子たちに電車ごっこについて訊いて驚いたんだけど、息子たちが電車ごっこをしたことがあるのは幼稚園の時だけ。しかも、彼らは電車ごっこが遊びだとは考えておらず、「お遊戯」だと思っていたことが判明したのだった。先生の下でする遊びの形をとったお勉強。なるほどね、公園で見た園児の姿と一致するな。
「友達同士ででんしゃごっこはしなかったの?」
「えー、するわけないじゃん。先生がいないのに劇とかやらないし。意味ないし」
 地元で託児所の経営をしている友人に訊いてみたところ、今どきの子どもたちも「遊ばないわけではない」とのこと。ただし、専用のロープやダンボールなんかで「電車」を作ってあげないとしないんだそうで、もはや自然発生的な遊びではないんだそうな。
電車ごっこ4.jpg「ぼんくらくん、そんなことにビックリするなんてアタマ古過ぎぃ(笑)。紙とハサミとノリを配って『さあ、これで好きに遊びなさい!』って言ったら私たちの頃みたいに大喜びするって思ってるんでしょう。甘いなぁ! それだけじゃ困った顔して『で、何すんの?』って訊かれるだけよ。今の子はね、道具とハウツーをセットで与えないと駄目なの!」
 げー、そうなんだぁ。電車ごっこをしなくなってきた、なんてレベルじゃないよね、これって。公園で感じてた違和感の理由が分かったような気がしたんだけど、同時に冷え冷えとした気分にもなっちゃった。クリエイト系や科学系、技術系の仕事をしている人ならよく分かってもらえると思うんだけど、これってヤバくない? 心の危機管理センターで警報が鳴ってるよ。まてよ、我がぼんくら息子たちはどうなんだろう? …怖くて確かめられないよ^^;



■今どきの電車ごっこ 条件1: 電車は大人が準備しましょう♪■

http://www.youtube.com/watch?v=GReohFy8Ync



■今どきの電車ごっこ 条件2: 大人が付き添い、指導しましょう♪■

http://www.youtube.com/watch?v=e_BTVMWsTns


タグ:電車ごっこ
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