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しばたはつみさん、逝く [音楽]

しばたはつみ.jpg 一昨日の27日、しばたはつみさんが亡くなった。享年57才。心筋梗塞だった。
 このブログでも扱ったCM『レナウン娘』や小川ローザ出演の『OH!モーレツ』を歌っていたジャズ・シンガーだ。
 昭和27年(1927)、ピアニストの父とヴォーカリストの母という音楽一家に生まれ、9才で米軍キャンプで歌い始めた早熟の歌手だった。その後も11才でクラブと専属契約を交わし、15才からはCMソングなどのスタジオワークをスタート。20才で単独渡米し、2年間ほどアメリカのショー・ビジネスの世界にも身を置いた。
 日本では昭和49年(1974)に『合鍵』でメジャー・デビューを果たし、昭和52年(1977)にマツダ・コスモのCMに採用された『マイ・ラグジュアリー・ナイト』は大ヒットとなって同年の紅白歌合戦にも出場。現在までにシングル33曲、22枚のアルバムをリリースし、国内外でのコンサートやディナーショーを年間100回以上をこなす国際派のシンガーとしての地位を確立していた。平成8年(1996)には日本ジャズヴォーカル大賞を受賞している。タレントの松本伊代とは再従姉妹(はとこ)の関係にあった。
 早過ぎる死を悼むとともに、昭和の思い出を彩ってくださったしばたはつみさんに心からの敬意と感謝の意を表したい。しばたさん、ありがとうございました。



■「合鍵」 1974年■

http://www.youtube.com/watch?v=lYXOH6l5CPk



■「マイ・ラグジュアリー・ナイト」 ピアノ伴奏は世良譲 1977年■

http://www.youtube.com/watch?v=mz-iJ62xgvw



■「マイ・ラグジュアリー・ナイト」 20年後です♪ 素晴らしい! 1997年■

http://www.youtube.com/watch?v=amvwqnKMwqU


木琴、ハーモニカ、そしてリコーダー [音楽]

 小学生の時に学校の音楽の時間に使った楽器たち。中でもハーモニカやリコーダー、木琴のように買ってもらった自前の楽器は思い出深いよね。ハーモニカも木琴も半音のでないシンプルなモノだったけど、自分専用の楽器というのが何とも嬉しくて、こればっかりは弟妹にせがまれても触らせなかった。
木琴.jpg 黒い木琴には、それぞれ音階が金色の五線譜と音名で表示されていたから、これで音階を覚えた人もいるんじゃない? 卓上タイプだったから音はそれなりのものだったし、付属のマレット(ばち)以外のもので叩いたりして表面はボコボコになり、高学年になって授業にも使われなくなると、遂には押し入れに放り込まれたまま見向きもされなくなっちゃう運命だった。孫のために母が引っぱり出してきて、自分の子どもたちが楽しそうに叩いた時は、ミョーに感動しちゃったけどね。
ハーモニカ.jpg ハーモニカは木琴よりも授業で使われてたし、お手軽に持ち運べたので、結構、稼働率も高かったように思うんだけど、どうだった? 演奏も比較的カンタンにマスターできたしね。やがて中学生になると上下2列の半音が出せるタイプをつかうようになっちゃって、それまでのハーモニカはお役御免に。これまた押し入れの段ボール箱に放り込まれる運命にあった。タマに思い出して吹いてみると、何ともいえない金臭さが口に広がって不快だったけど、それなりに懐かしい思いがしたよ。表面もベコベコで錆も出ちゃってたから処分されちゃったんだろうね。年末年始に戻った時に押し入れを漁ってみたんだけど見つからなかった。そんなに親しんだ覚えもないのに、空色のハードケースと一緒にはっきりと覚えているから不思議だ。
リコーダー.jpg リコーダーは中学・高校と同じものを使ってた。いちばん活躍した楽器だったと思うな。もっともぼんくら少年の通ってたのは中高一貫の私立校で、授業以外にもリコーダーの演奏が盛んな学校だったからかもしれないけど。誰でも吹けるシンプルな曲からプロ級の腕がないと様にならない難解なものまであるという、奥の深い割りにはお手軽な楽器だし。そういや中高合同のサークルがあってね、ぼんくら少年も6年間、参加してたんだよ♪ サークルではアルト・リコーダーの担当だったから小学校のものは使えなかったけど、母が作ってくれたパッチワークの袋に入れて、アルトと一緒に持ち歩いていた。傷だらけになっちゃたけど、今でも高価なメックのルネッサンス管なんかと一緒に後生大事に保管してる(笑)。
 ところで、今どきの小学生が木琴もハーモニカも持ってないのは知ってた? 卓上式の木琴は何となく分かるような気もするけど、ハーモニカですら、ほとんどの小学校の授業から姿を消しちゃってるんだよ。代わりに使ってるのが『鍵盤ハーモニカ』。ヤマハで言う『ピアニカ』だよね。リコーダーは相変わらず健在だけど、ハーモニカはマニュアル車の運転同様、今となっては特殊技能となりつつあるんだよ。思い出して子どもたちの前で演奏してみない? ミョーに尊敬されるかも^^;。



■今どきの音楽の授業 ずいぶん自由なムードになりましたね♪■

http://www.youtube.com/watch?v=4a1J65UIKSA



■子どもたちがリコーダーや踊りでフォルクローレを楽しんでいます♪■

http://www.youtube.com/watch?v=Ha0incEJvz8



■リコーダー五重奏団『VUENV』の演奏 とにかく美しいです!■

http://www.youtube.com/watch?v=3PH3aNalhoA


山下達郎と『Ride on Time』 [音楽]

Ride on Time.jpg「え~、そんなに経つの?」
 記事を書いていてこう思うことが多々あるんだけど、山下達郎が『Ride on Time』を歌うマクセル・カセットテープのCMもそのひとつだ。昭和55年(1980)のオンエアだから今年で丸々30年目になるんだよね^^;
 山下達郎は昭和28年(1953)生まれだから、昭和55年は28才。昭和51年(1976)にシュガー・ベイブが解散して以来、地道なソロ活動を続けていた山下が一躍、スターダムにのし上がる契機となったCMだった。
 CMのロケ地はサイパン。レコーディングはロケを挟んで行われ、青山純 • 伊藤広規 • 椎名和夫 • 難波弘之らが参加する豪華なラインナップとなった。
Ride on Time 2.jpg この曲、実は詩も曲もまったく違う別バージョンが存在するんだけど、知ってる? 『The RCA / AIR Years LP Box 1976 - 1982』というアルバム(2010/02/06時点で廃盤)のボーナストラックとして収められているっていうんだけど、ぼんくらオヤジは聴いたことがないんだな。なんでこんなものがあるのかというと、当時のCM制作では、プレゼン用に複数バージョンの曲を作って検討するのが慣行だったからだ。現ジャニーズ・エンタテイメント代表取締役の小杉理宇造なんかは、この別バージョンのほうが気に入っちゃって、後に『One More Time』という歌詞を付けて近藤真彦に歌わせちゃったぐらいだ。これは近藤のシングル『永遠に秘密さ』のカップリング曲になってるから、知ってる人がいるかもね。



■マクセル・カセットテープのCM by 山下達郎 1980年■

http://www.youtube.com/watch?v=9srsJW7BXgQ



■『Ride on Time』 山下達郎 1980年■

http://www.youtube.com/watch?v=XS2yMUFBIY0



■『Ride on Time』CM用アカペラ・バージョン■

http://www.youtube.com/watch?v=SxC0DgL_bOU


あなたにもチェルシーあげたい♪ [音楽]

チェルシー.jpg 明治製菓の『チェルシー』が発売されたのは昭和46年(1971)。年明け早々にザ・タイガースが解散し、『新婚さんいらっしゃい!』と『スター誕生!』が始まり、成田空港の第一次強制代執行が行われ、大久保清事件が発生し、京王プラザホテルが開業を開始し、マクドナルド日本第1号店の銀座店がオープンした年だったんだけど、覚えてるものはある? ぼんくらは何といっても新宿副都心の超高層ビル第1号となった京王プラザホテルのことがいちばん頭に焼き付いててるよ。わざわざ自転車に乗って友達と見物しに行ったもんね。
 チェルシーと聞いて真っ先に浮かぶのは、味よりもパッケージかもしれない。ヒッピームーブメントを思わせるサイケデリックなデザインなんだけど、当時のデザイナーは「英国的で高級なイメージ」を想定していたみたい。高級かどうかは別だけど、お馬鹿ムービーの『オースティン・パワーズ』を思い出してみれば、たしかに英国的なのかもしれないね(笑)。このデザインは40年近く経った今も基本的には変わっていない。
 変わっていないのはCMソングも一緒で、安井かずみ作詞、小林亜星作曲の「チェルシーの唄(手のひらの愛)」は、様々な歌手によって歌い継がれてきた。オリジナルは昭和46年(1971)のシモンズで、ガロ(1972)、ペドロ&カプリシャス(1975)、南沙織(1976)、はつみ・ひとみ(1977)、カラベリ・グランド・オーケストラ(1977)、サーカス(1979)、八神純子(1981)、あみん(1982)、大貫妙子(1984)、アグネス・チャン(1985)、蒲原史子(1988)、In The Nua(1989)、有澤圭子(1991)、ハイ・ファイ・セット(1991)、シーナ&ロケッツ(1994)、パフィー(1997)、小野貴子&宮内美枝(1999)、上原多香子(2000)、CHEMISTRY(2003)と続く。覚えてるミュージシャンのってある?
 


■「チェルシーの唄」メドレー集 まあいろんな人が歌ってます♪■

http://www.youtube.com/watch?v=kMzuXqaUq6w



■チェルシーのCM by ペドロ&カプリシャス 1975年■

http://www.youtube.com/watch?v=7NwY9DB0UuM



■チェルシーのCM by CHEMISTRY 2003年■

http://www.youtube.com/watch?v=VTRGGirpS9A


タテタカコと金延幸子 [音楽]

タテタカコ1.jpg 昭和をダイレクトに思い起こさせる歌手がいる。タテタカコだ。
「だれ、その人?」
 そう思う人が多いかもね。つい先日19才で結婚した柳楽優弥の出演した映画『誰も知らない』の主題歌を歌っていたシンガー・ソングライターといえば分かるかな。最近では不動産・賃貸の『ピタットハウス』のCMソングを歌ってるよ。
 昭和53年(1978)生まれで長野県飯田市在住。国立音大音楽教育家に在学中、教育実習のために訪れた母校の飯田女子高校で生徒たちに請われて録音した弾き語りがきっかけとなって、平成13年(2001)頃から飯田でライブ活動を始めたという異色の歌手だ。
 全国的なライブ活動を行ってるんだけど、拠点はあくまで飯田。いろんなミュージシャンとジョイントすることはあっても基本はピアノの弾き語り。自分を語らせてみても、
「べつに動物ともすぐ仲良くなれないし、単純作業は好きだけど、得意じゃないし、過去のことはすぐ忘れ、落ち着きがなく、動きに無駄が多い(自身のサイトのプロフィールより転載)」
 という何とも地味なことを言う。そう、万事が地味なんだよね、この人って(笑)。
 なのに彼女の曲は一度聴いただけで心に焼き付いちゃうから不思議だ。

タテタカコ2.jpg「あした 僕は」

作詞・作曲: タテタカコ

あした ぼくは どこへ行こうか
あした ぼくは どこかへ行きたい
もしも ぼくが 帰ってこなくとも
あした ぼくは どこかへ行きたい

あした 僕に 朝はまたくる
あした 僕に 朝はまたくる
夜が 僕の影を食べるけど
あした 僕に朝はまたくる

あした ぼくは どこへ行こうか
あした ぼくは どこかへ行きたい
もしも 君がどこかにいるのなら
あした ぼくは どこかへ行きたい
あした ぼくは どこかへ行きたい
(JASRAC 143-9853-2)


URL: http://www.youtube.com/watch?v=8gMUz5nGcAY

 アニメ『スケアクロウマン』のエンディングテーマ曲にも採用された曲だ。誰かに聴かせようという他者への媚びがまったく感じられない。ひたすらに内なる自分に語りかける率直さと真摯さが傍で聴く人の心を奥底から揺さぶるんだ。
 人によって感じ方は様々だろうけど、ぼんくらオヤジは彼女の曲に触れる度に昭和に体験したことや出会った人々の記憶が次々に甦ってくる。彼女の曲は別に昭和を意識したものじゃないし、第一、そんなことが記憶の呼び水になるわけじゃない。あの頃には誰もが当たり前のように大切にしていたのに、いつの間にか無くしちゃったもの。その存在を思い起こさせてくれるんだ。無くしたんじゃない、忘れてただけだってね。
 こんな曲を少年時代にも聴いたような気がする。昨日から一晩考えて、ようやく思い出した。70年代の幻のシンガー・ソングライター金延幸子が歌っていた『とべたら本こ』だ。昭和47年(1972)に放送された山中恒原作のTVドラマの主題歌で、平成10年(1998)になってようやくCDに収録された小品なんだけど、どこかタテタカコと通じているように思えてならない。

金延幸子.jpg「とべたら本こ」

作詞・作曲: 金延幸子

言いたかないんだ嘘つきこつき
本こは言えない男の子
叱られ泣き虫万年人
ばれたらカラスに羽ちょっとかりて
おためし おためし とべたら本こ
おためし おためし とべたら本こ
おっかねえ母ちゃんに言ったげよ

おためし おためし とべたら本こ
おためし おためし とべたら本こ
おっかねえ母ちゃんに言ったげよ



 高度経済成長期も終わった。バブルも弾けた。ジャパン・アズ・ナンバーワンの幻想も消え去った。右肩上がりの経済成長も過去のものになった。新興宗教はサリンと壺と印鑑を残して地下に潜った。癒しは全員が求めると与えてくれる人がいなくなるのに気付いた。これからは小さくなったパイを奪い合うんじゃなく、分け合うようにしようよ。オレが、私がと言う前に、隣の人のことを気遣おうよ。他人様のことを悪く言うのはなるべく止めようよ。理由や理屈に頼ることなく「いけないことはいけない」と確信をもって子どもたちに言い切れる大人になろうよ。地道に働き、背伸びをせずに、身の丈にあった暮らしをしようよ。昭和の日本人は、たとえ一時期であってもそれができたんだぜ。
 反吐が出るような説教ソングじゃない、等身大の自分とひっそり向き合うタテタカコの歌は、何もかもが瓦礫のようになってしまったこの国で、北極星のように静かに輝く道標となっているように思えてならない。



■映画『誰も知らない』の主題曲「宝石」 by タテタカコ■

URL: http://www.youtube.com/watch?v=8gMUz5nGcAY



■「傷」 by タテタカコ■

URL: http://www.youtube.com/watch?v=EUKg9eqAe7U


げんこつやまのたぬきさん [音楽]

 昔からあるつもりでいたんだけど『げんこつやまのたぬきさん』って、昭和45年(1970)にNHKの『おかあさんといっしょ』で世に出た曲なんだね^^; ぼんくらはてっきり文部省唱歌クラスの歌とばっかり思ってた。ネットで調べると結構、作詞作曲不詳としている人が多いんだけど、JASRACの登録では、作詞は児童文学者で詩人でもある香山美子さん、作曲は『黒猫のタンゴ』や『勇者ライディーン』で知られる小森昭宏さんだ。
げんこつやまのたぬきさん.jpg
 ぼんくらのもうひとつの勘違いは、この曲が、

げんこつやまのたぬきさん
おっぱいのんで ねんねして
だっこして おんぶして
またあした

 で終わるものと思い込んでいたことだ。実際はこの部分がリフレインになっていて、後続する歌詞があり、しかも4番まであるのだ!(なんてビックらこいてるのはぼんくらオヤジだけかね^^;;;;) JASRAC No.030-1107-1という立派な著作権のある歌なので、ここで全部の歌詞を掲載することはできないから、歌詞をじっくり読んでみたい人は次のサイトに飛んでみてね。読むのが面倒なら聴いてみてね。

『げんこつやまのたぬきさん』歌詞: http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=38480

『げんこつやまのたぬきさん』全曲: http://www.youtube.com/watch?v=5wtRVBRMgL0

 この歳になって聴いてみても可愛い曲だなぁ^^ やっぱり昭和ってステキだ♪♪♪


■『げんこつやまのたぬきさん』 有名な部分だけね。可愛くて泣けるね!■



西六郷少年少女合唱団 [音楽]

西六郷少年少女合唱団1.jpg 今みたいないわゆるジャリ・タレ(下品ですみません^^;)がいなかった頃に、ラジオやテレビで露出度の高い子供たちがいた。『西六郷少年少女合唱団』だ。
 西六郷少年少女合唱団は、1955年に大田区立西六郷小学校の教諭だった鎌田典三郎氏によって設立された小学校の合唱団だ。以降、合唱コンクールで次々と受賞を重ねて全国的に有名になり、60年代に入るとテレビ番組の主題歌などのレコーディングにも数多く参加している。
 どれだけボクらがこの合唱団の歌声を知らずして聞いていたかは、彼らの歌っていた主題歌や挿入歌のタイトルを見ればよく分かるよ。『鉄人28号』『狼少年ケン』『少年忍者風のフジ丸』『海賊王子』『ハッスルパンチ』『キャプテン・スカーレット』等々。スゴいでしょ。
 でもね、この合唱団の持ち歌で本当に素晴らしいの昭和40年(1965)の「みんなのうた」で歌われた『ボクらの町は川っぷち』だと思うよ。団歌にもなってるこの歌の歌詞を紹介するね。

ぼくらの町は川っぷち
作詞:峯 陽

西六郷少年少女合唱団2.jpgぼくらの町は 川っぷち
えんとつだらけの町なんだ
ふといえんとつ こんにちは
たかいえんとつ またあした
川のむこうに 日がのぼり
えんとつのけむりに 日がしずむ
そんな ぼくらの町なんだ

ぼくらの町は 川っぷち
えんとつだらけの町なんだ
ひくいえんとつ せのびしろ
ほそいえんとつ かぜひくな
とうさんかあさん かえるまで
えんとつの林で おにごっこ
そんな ぼくらの町なんだ

ぼくらの町は 川っぷち
えんとつだらけの町なんだ
白いえんとつ うたってくれ
黒いえんとつ おんちだな
ひるでもよるでも げんきよく
けむりをはいて うたってる
そんな ぼくらの町なんだ

 当時の東京の下町の様子が鮮やかに浮かび上がってくるよね。かつての西六郷は多摩川沿いにある工場地帯だった。それも東京グリコの工場を除けば小さい町工場で成り立っている熟練工の町だ。合唱団のメンバーの多くはそうした工場で生計を立てる家庭の子供たちだった。煙突だらけの景色の中で鬼ごっこをしながら親の帰りを待つ鍵っ子たちの姿。テレビに出演し、美しい歌声を披露してくれたベストに半ズボン&吊りスカートの少年少女たちは、そんな子供たちでもあったのだ。
 平成11年(1999)に鎌田氏の死去に伴い一度は解散した合唱団だったけど、現在は合唱団の卒業生でもある小池直樹氏の下で新生西六郷少年少女合唱団として再び活動を始めている。不況に喘ぐ西六郷のためにも、子供たちの歌声で誇りと元気を吹き込んでもらいたいと心から思う。


■ぼくらの町は川っぷち 西六郷少年少女合唱団 1965■



■「進め正太郎」を西六郷少年少女合唱団が歌ってます。たろすさん、情報感謝!■


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ロバートブラウンとハーブ・アルパート [音楽]

ロバートブラウン.jpg 子供とお酒は縁遠い存在だし、縁があっちゃいけない存在だ。でも、たったひとつ、日常でご縁があった。CMだ。アンクル・トリスや黄桜のカッパ、リー・ヴァン・クリーフのサントリー・オールド等々、世代によって印象深いCMは違うだろうが、今回はキリンの『ロバートブラウン』を思い出してみたい。
 ロバートブラウンは、複数の原酒をブレンドすることで低価格化と上質の味わいを両立させようとしたウイスキーで、キリン・ディスティラリーが昭和49年(1974)に発売を始めた。この製法については賛否が分かれたものの、豊かな樽熟香とモルト由来の香ばしさの調和したスコッチを想わせるまろやかな味わいが支持され、日本の代表的なウイスキーのひとつとして現在も愛飲されている。
 そしてロバートブラウンのCMに昭和55年(1980)から昭和61年(1986)まで連続して採用されたのがハーブ・アルパートのナンバーだ。
ハーブ・アルパート1.jpg ハーブ・アルパートはロサンゼルス出身のポップ系ジャズ・トランペッター。またカーペンターズやセルジオ・メンデス、ジャネット・ジャクソンなどを世に送った有能なプロデューサーでもあり、A&Mレコードの創始者の一人としてよく知られている(A&MのAはAlpertのこと)。この手の音楽にあまり関心がない人でも、オールナイトニッポンのテーマソング『ビター・スウィート・サンバ』が彼の曲だといったら「あれかぁ!」と思ってくれるだろう。
 日本ではもっぱらCMに起用された曲のアルバムがヒットしていて、昭和54年(1979)にマツダ・サバンナRX-7のCMで使われた"Rise"を皮切りに、以降はロバートブラウンのCMで"Beyond"、 "Magic man" 、"Fandango"、 "Route 101"、"Red Hot"、 "Catch Me" が年に1回のペースでヒットを続けていく。
 メキシコ音楽とジャズを融合させた『アメリアッチ』という独創的なリズムを確立するなど、コンポーザーとしてもアレンジャーとしても成功を収めた彼のサウンドには、ジャズやラテン、ロックなどのジャンルをいとも軽々と乗り越えていく爽快さがある。原酒のブレンドという掟破りの製法であっさりと大衆の支持を得たロバートブラウンのCMに相応しいミュージシャンだったのだ。


■ロバートブラウンのCM ハーブ・アルパート自身が出演してます♪ 1982年■



■ハーブ・アルパート "Rise" 1979年■



■ハーブ・アルパート&ティファナ・ブラス "Bittersweet Samba" 1965年■



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ソノシートで音楽を楽しんだ時代 [音楽]

ソノシート1.jpg ソノシートを覚えてる? ペラペラで雑誌のオマケなんかに付いてきたレコードっていうと思い出すかな。
 普通のレコードもソノシートも厚みが違う他は、塩化ビニル製であることも、表面に刻まれた凸凹が針に振動を与えて電気信号に変換される点でも全く変わらない。違っているのは、レコードがある程度の厚みを与えることで安定した形状で高い音質を獲得したのに対して、ソノシートは音質を犠牲にすることで極限の薄さと低コスト化を実現したことだ。
 どれだけソノシートが安かったかというと、日本初のソノシートが発売された1959年に17センチ盤(EP盤)が約300円だったのに対して、ソノシートはほぼ10分の1の価格だった。日本人の平均月収が13,000~15,000円の時代だったし、家庭用のレコードプレイヤーの音質も決して良くなかったことから、ソノシートは急速に普及することになる。
 低コストと薄さという利点を存分に発揮してみせたのが朝日ソノプレス社(後の朝日ソノラマ)の『月刊朝日ソノラマ』だ。音の出る雑誌というコンセプトで、総合雑誌に音のオマケ(ニュース関連の音声やオリジナル録音、音楽等)をつけたようなものだったけど、内容に方向性が無く、当初は売り上げが低迷。やがて英会話や音楽のオムニバス企画にテーマを絞ることで、ようやく安定した読者の支持を得られるようになった。これで力を得た朝日ソノラマは、アニメや特撮ものの主題歌や読み切りマンガを組み合わせた雑誌を次々に刊行し、大人だけではなく子供たちの世界にも浸透していく。
ソノシート2.jpg 当然、ぼんくら少年もたくさんソノシートを持っていた。『ちびっちょもぐっちょ大冒険』『ひょっこりひょうたん島』『ジャングル大帝』『トムとジェリー』『ウルトラQ』などなど、挙げたらキリがない。他にもクラシックの名曲シリーズなんかがあったな。雑誌込みで300円って記憶があるんだけど、昭和40年代ならこんなものだったろうな。親におねだりをして買ってもらえる値段だったことはたしかだ。
 普通は雑誌の中に薄い半透明のポケットが付いていて、そこにソノシートが入っていたんだけど、中にはソノシートが直接、綴じ込んであって雑誌ごとターンテーブルに載せるタイプもあった。基本性能も進化し、最盛期の70年代にはステレオ録音ができるぐらい音質も向上したし、当初は片面しか切れなかった溝も、通常のレコード同様、両面に刻むことができるようになった。
 変わったところでは、コンピューター・プログラムのアナログ信号を配布するための手段としてソノシートが使われたなんてこともあったけど、これはノイズが多過ぎてマトモに読み込んでくれなかった。
 結局、本家のレコードと一緒に衰退の一途を辿り、平成17年(2005)には国内生産を終了して終焉を迎えたソノシートだけど、もし家にあったら捨てちゃダメだよ! 状態が良ければオークションで数万円の値が付くこともあるからね(笑)


■冒険ガボテン島エンディング曲『いつもコンビで』 ソノシート音源■



■ウルトラQ 海底原人ラゴン ソノシート・ストーリーより■



■THE MODS 『うるさい』 ソノシートが音源だよ♪■



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昭和を代表する楽器『エレクトーン』 [音楽]

エレクトーン.jpg 昭和に隆盛を極め、昭和と共に影を潜めた楽器がある。エレクトーンだ。エレクトーンという名称はヤマハの電子オルガンの登録商標なんだけど、今や即、電子オルガンを指す言葉になっているといっていいだろう。
 エレクトーンは昭和34年(1959)年に誕生した。ぼんくらオヤジと同い年だから満50才ってことか。電子の"electronic"と音色の"tone"が名前の由来である通り、第1号機の『D-1』には当時の最先端技術だったトランジスタを281個も使用した超ハイテク機器だった。上下2段の鍵盤とペダル鍵盤で演奏し、それぞれの鍵盤には何種類もの音色を割り当てることができるというエレクトーンの基本形は、既にD-1の時点で完成していたといえる。D-1の発売に先立つこと7ヶ月前に発表されたET-5という試作機に2000個ものトランジスタが使われ、演奏にはプレイヤーの他に2人の技術者が必要だったことを思えば、D-1の開発にあたったヤマハの技術者はトンでもない力量があったのだ。
 昭和40年代は正にエレクトーンの全盛期で、当時、主に女の子の習い事だった鍵盤楽器は、ピアノとエレクトーンに二分していた。クラシック一辺倒だったピアノに対して、エレクトーンを習っている子供たちはジャズやラテン、果ては歌謡曲までを弾いて楽しんでいたので、ピアノを習っていたぼんくら少年は羨ましくて仕方がなかった。
エレクトーン2.jpg その後も、昭和49年(1974)にはアナログ・シンセサイザー音源を搭載したGX-1が登場して以降は、普及モデルもどんどんシンセサイザー方式の音源を用いるようになり、LSIが開発されると昭和58年(1983)にはFM音源が、昭和62年(1987)にはAWM音源が採用されてエレクトーンは進歩を続けていく。現在もエレクトーンは健在だけど、進歩すればするほどプリセット・シンセサイザー的な存在に埋没しつつあるのが現状だ。
 ところで、小林正岳さんという占い師を覚えているだろうか。1980年代にビートたけしの「スーパージョッキー」やテレビ東京の「もんもんドラエティ」なんかに出演していた『エレクトーン占い』の巨匠だ。無茶苦茶な演奏と外れた音程でご託宣を歌いあげる孤高のイメージがぼんくらオヤジには忘れられない。もう亡くなって久しいが、日本の技術の粋を集めた楽器と迷占い師のコラボを最後に堪能してもらいたいもんで、ひひひ。




付録: 小林先生語録① 
「あんなに下手なエレクトーンなら弾かなくてもいいのでは?」という質問に答えて-
「エレクトーン弾かなくても占えるよ。なぜ弾くかって?そりゃ目立つからさ」
付録: 小林先生語録②
「昨年末の占いが大外れしたことについて何か仰ることは?」と訊かれて-
「(歌いながら)占いとぉ~いうものわぁ~~~♪当たることもあれば~~♪外れることも~~♪あ~る~の~でぇ~~~す~~~♪」


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