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グリコのコロン [食]

クリームコロン.jpg 上海万博がオープンしたね! ニュースを観ながら、40年前の大阪万博の頃を思い出した人は多いよね、きっと。その昭和45年(1970)に発売されたのが江崎グリコの『コロン』だ。
 筒型のワッフルの中にクリームが詰まっているお菓子で、大まかに言えばクリームの種類によって様々なバリエーションがある。
 スタンダードなのはクリームコロンで、これにチョコレート系とイチゴ系のバリエーションを加えて全国販売するっていうのが通常のパターン。これに期間限定や地域限定のバリエーションが加わるので、過去に遡って追っかけると本が一冊書けちゃうぐらいの種類があるんだよ。クリームの味を変えるだけで化けちゃえる特性を最大限に発揮してるってことだね。
コロン神戸珈琲.jpg 先日、ブロ友の93chanがプレゼントしてくださった(Many thanks to 93chan & Aichan!)近畿地区限定発売の『コロン神戸珈琲』を例にとると、神戸のUCCブルーマウンテンコーヒーハウスのブレンド豆を使用したコラボ商品で、食べると感動するぐらい美味しく仕上がっているよ。コーヒーの香ばしさがクリームの風味を引き立てていて、ワッフルのサクサクとした食感とマッチしてるんだ♪ こんな商品が各地にあるんだから楽しみだよね。知ってる地域限定コロンはある?
 地域限定といえば、コロンには中国のマンゴー味やハワイのコナコーヒー味などなど、海外にも変わり種があるから、旅行に行った時は注意してお土産屋さんを見てみてね。



■「カカオコロン」のCM by 山口百恵 1977年■

http://www.youtube.com/watch?v=9jlKfiYtjHg



■「サワーコロン」のCM by 薬師丸ひろ子 1979年■

http://www.youtube.com/watch?v=Rus-6IseTUs


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ココナッツサブレ [食]

ココナッツサブレ.jpg 昭和40年(1965)に大阪に本社を置くシスコ(現日清シスコ)から発売された『ココナッツサブレ』。実にシンプルなサブレなんだけど、サクサクした食感とココナッツの香りがクセになる。飽きない味の典型だね。
 ぼんくら家でもココナッツサブレは大人気で、3時のおやつにはよく紅茶やミルクと一緒にココナッツサブレが出てきた。50才になった今でも、ココナッツサブレを食べると妹や弟とのお三時の光景が鮮やかに甦ってくる。無言でポリポリとサブレをかじってると、誰かがクスクスと笑い出してみんなに伝染するんだよね。時には母まで(笑)。娯楽らしい娯楽があったわけでもないのに、笑うネタには困らない時代だった。
 ココナッツサブレは、発売後45年を経た今でも国産品ではココナッツを最も多く含んでいるお菓子だ。ついでに砂糖分や油脂分もふんだんに含んでいるので、ぼんくらオヤジのようなメタ坊は食べ過ぎに要注意。美味しいからつい手が出ちゃうけど、5枚食べると143kcalだからね。10枚で軽くマックのチーズバーガーを1個食べたのと同じぐらいになっちゃうよ^^;
 もう体型や健康なんてどーでもいいと開き直ってるんなら、サブレにマシュマロを載せて約1分オーブンで焼き、その上にもう1枚サブレを載せてサンドして食べてごらん。そんなんじゃ物足りないっていうんなら、インスタントコーヒーをホイップクリームに混ぜてサブレに塗り、10層ほどに重ねて一晩寝かせるとミルフィーユ風サブレができるよ。こんなレシピがたくさんあるのもココナッツサブレの特徴だ。
 平成21年(2009)の出荷数は2600万袋。1袋に25枚入っているから、年間6億5000万枚が国内外で消費された計算になる。今年に入ってからも、日産200万枚のペースで昭和の味ココナツサブレは生産されているよ。
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ミスターイトウのベーシックシリーズ [食]

ミスターイトウのベーシックシリーズ.jpg 昭和56年(1981)に発売されたミスターイトウの『ベーシックシリーズ』。バタークッキーとバターサブレ、チョコチップクッキーの3種類を指すんだけど、これが地味に美味しいんだよね♪
 ミスターイトウは、東京都北区に本社を置くイトウ製菓のブランドで、ラインナップはビスケットとクッキーのみ。
 イトウ製菓は昭和26年(1951)、パンの製造業者としてスタートしたんだけど、翌年から菓子類の製造販売を始めたんだ。そして昭和33年(1958)の第15回全国菓子大博覧会でバタークッキーが「名誉総裁賞」を獲得して、全国的に名を知られるクッキー・メーカーとなった。量産化にも力を入れていて、昭和32年(1957)にはワイヤーカッター機を、そして昭和39年(1964)にはスチールバンドオーブンを導入することで本格的な大量生産を開始する。
 ビスケットのほうは、昭和49年(1974)に赤ちゃん用のビスケットを製造するカルケット製菓会社(現カルケット)を設立し、さらに昭和54年(1979)にオーストラリア最大のビスケットメーカー、アーノット社と技術提携を行うことでベーシックシリーズを世に送りす道筋が固まったといえる。考えてみればベーシックシリーズを誕生させるまでイトウ製菓は30年以上を費やしたといえるわけで、ロングセラー商品を生み出すまでの苦労のほどが分かるよね。
 ところでビスケットは、ラテン語のビス・コクトゥス(bis coctus)に由来している。2度(ビス)+焼かれたもの(コクトゥス)って意味だよ。バビロニアが起源といわれていて、パンを乾かしてさらに焼いたものを保存食としていたのがギリシャ経由でヨーロッパに広まったものといわれているんだ。日本には、天文12年(1543)に種子島に上陸したポルトガル人によって、鉄砲やカステラと一緒に伝えられたよ。「びすかうと」って呼ばれてたんだって。しかも鎖国に至るまでの半世紀以上に渡って、日本製のびすかうとがルソン(フィリピン)に輸出されていたっていうんだから驚きだね!



■「ミスターイトウのバタークッキー」CM 1985年■

http://www.youtube.com/watch?v=Mf--li-2Eqc


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ねるねるねるね [食]

ねるねるねるね1.jpg 発売当初から物議を醸すアイテムが時としてあるけど、お菓子の世界では昭和60年(1985)にカネボウフーズ(現クラシエフーズ)が発売した『ねるねるねるね(以下『ねるねる』と書くね)』ほど賛否両論の巻き起こったものもないだろう。
 袋を開けると、大小ふたつのくぼみのついている調合用の台とスプーン、そして3つの袋が出てくる。まず、台の端についている計量カップを折り取ってそれに水を入れる。次に「1ばんめ」と表記された袋を開け、調合台の大きいくぼみに中の粉を投入する。そしてこれに水をいれて軽く練る。水が馴染んだら「2ばんめ」の袋に入った粉を混ぜてさらに練る。そうすると、あーら不思議。練っているうちに「1ばんめ」の粉の色がみるみる変わってくるんだ。CMでは魔女が、
ねるねるねるね2.jpg「練れば練るほど色が変わって…」
 と言ってるけど、一度色が変わっちゃえば濃くはなっても色が連続的に変化するというワケじゃないよ♪ 練るのに飽きたら「3ばんめ」の袋に入っているトッピングを台の小さいほうのくぼみに空けて、スプーンの先に付けた『ねるねる』をそれに突っ込んで食べる。
 子どもたちにしてみれば、理科の実験キットで遊ぶ感覚で、しかも本当に色が変わるんだから楽しいわけだよね。子ども心をくすぐるCMもウケて、発売早々にヒット商品になっちゃった。
 こうした仕様は、子どもたちの歓迎ぶりとは裏腹に、親や大人には拒絶反応を引き起こす。ケミカル(サイバー)菓子なんて呼ばれて、
「化学反応を起こすお菓子なんて危険。着色料も問題」
 と、子どもに購入禁止を申し渡す親が続出したんだ。
 ちゃんとお菓子の成分表示を見ればいいのにね。『ねるねる』のカラクリは、広義の化学反応には違いないけど、まさに小学校の理科の実験程度にシンプルなものだ。
 主成分となる「1ばんめ」の袋には、砂糖にクエン酸や重曹などを混ぜたものが入っている。これに水を混ぜることで炭酸ガスが発生し、さらに卵白や増粘多糖類(とろみ成分)を含んだ「2ばんめ」の中身を加えることで、最終的にクリーム状の泡ができるというワケ。
ねるねるねるね3.jpg 色が変わるのはどうしてか。これも単純な仕組みだ。片方の袋に赤キャベツやクチナシを原材料とするアントシアニン系の色素が含まれていて、もう片方には酸性かアルカリ性の食材が入っていればいいんだ。小学校の理科の知識があれば、これが色の変わる理屈だってゆーのは一目瞭然なはずだけど、これを「恐ろしいお菓子」と決めてかかった大人は相当な科学音痴だったとしかいいようがないやね^^; 子どもが学研の科学の付録についてたリトマス試験紙を口に咥えて、色が変わったからといって救急車を呼ぶようなもんだし(笑)。
 まあ、ドンパッチのようなヒドい風評には至らなかったようで、現在も『ねるねる』は健在だ。大人の意識もさすがに変わったようで、かつてケミカル菓子と揶揄されたものは現在、『知育菓子』と呼ばれてる。いい加減にせーよ、大人っ!


■「ねるねるねるね」CM 魔女役は声優の鈴木れい子です♪ 年代不明■

http://www.youtube.com/watch?v=GO1YcNVNTy8


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ドンパッチと風評被害 [食]

ドンパッチ1.jpg ザラメの砂糖みたいな粒々を口に入れると、パチパチと音を立てながら口の中で弾けながら溶けるお菓子。覚えてるよね、昭和54年(1979)に味の素ゼネラルフーズから発売された『ドンパッチ』だ。
 ドンパッチはザラメ状のアメに炭酸ガスの仕込まれた小さな空洞が散在していて、口の中でアメが溶けた時にガスが解放され、口の中で弾けながらあの独特の音を出すんだ。
 この"Crackling Candy"というアイデアは、既に昭和31年(1956)に米ゼネラルフーズ社の研究員だったウィリアム・ミッチェルによって考案されていたんだけど、さしたる理由もないままにお蔵入りとなり、商品化されたのは昭和50年(1975)になってからだった。
ポップロックス.jpg 『ポップロックス(Pop Rocks)』という名前で発売された世界初の弾けるキャンディは、たちまち米国全土を席捲する人気を博したんだけど、同時に刺激の過激さが世間の不安を煽っちゃって、米食品医薬品局には、
「子どもが喉を詰まらせないんだろうか」
 と心配する親からの問い合わせが殺到した。
 この騒動は、昭和54年(1979)頃には、
「炭酸飲料でポップロックスを一気に呑み込んだ子どものお腹が破裂した」
 という有名な都市伝説を生む。やがて味の素ゼネラルフーズが日本版ポップロックスであるドンパッチをライセンス販売し始めると、日本にもこうしたウワサが上陸し、まことしやかに伝えられることになった。
 米ゼネラルフーズ社は以後4年間にわたって、これが全くのデタラメであることを証明した様々な実験結果を全米の主要新聞に全面広告として掲載し、5万通もの書類を教育機関に送ってポップロックスの安全性を訴え続けたんだけど風評が止むことはなく、昭和58年(1983)にはついに生産中止に追い込まれてしまった。現在は別会社がポップロックスの製造販売をしてるけどね。
 ドンパッチもこの風評被害から逃れることはできなかった。アメリカ発の炭酸飲料&弾けるキャンディ=お腹が破裂のウワサに、
「ドンパッチを3袋一気食いすると内臓が破裂する」
 という変形版が加わり、恐らくはそれが
「ドンパッチを食べた子どもが死亡した」
 という形に発展していく。誰がどんなふうに死んだのかという詳細は全く無いのに、だ。他にも、
「食べたお年寄りがショック死した」
「鼻に詰め込んで遊んだ若者が鼻血が止まらなくなって失血死しかけた」
「目に飛び込んで失明しかけた」
「一気に喉に流し込んだら激痛が走って病院に運ばれた」
 などなどキリがない。しつこいようだけど、これは都市伝説の域を出ない風評にしか過ぎない。その証拠に当時の新聞記事のデータベースをいくら検索しても、ウワサ話として取り上げられてはいても、いつ、どこの誰がどんなふうに事故に遭ったのかという具体的な記事は一切、引っかからないし、それを当時の厚生省が問題にしたこともないのだ。
 問題の真偽が精査されることもなければ販売元が安全性を全面的に訴えることもなく、いつからともなく市場から完全に姿を消してしまった。問題があったから撤退したのでもなければ、風評被害に遭ったのでもないという、臭いものには気が付かれないようにフタをする形で幕が引かれたのだった。
ドンパッチ2.jpg 現在では、国産品と輸入物も合わせたらかなりの種類の弾けるキャンディが出回っているね。なかにはドンパッチとそっくりの袋で売られているものもあるよ、もちろん本物じゃないけど。どうやら21世紀に入っても死人はでていないようだ(笑)。でもね、ドンパッチは、ネットでは相変わらず怪我人や死人を出したお菓子だという記事が氾濫してるよ。これからドンパッチをブログで取り上げる人たち、頼むからポップロックスまで遡って調べてから記事を書いてね。ボクらを驚かせ、楽しませてくれたお菓子じゃないか。ドンパッチがかわいそうだよ。



■ドンパッチのCM 1986年■

http://www.youtube.com/watch?v=RbN5Xfztd5A



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リボンシトロン [食]

リボンシトロン1.jpg ボンタンアメが昭和じゃなくて大正時代に誕生したって話は先だっての記事で紹介したけど、同じように昭和のものと勘違いされているのがサッポロ飲料の販売する『リボンシトロン』だ。
 リボンシトロンは、サッポロビールの前身である大日本麦酒によって、なんと明治42年(1909)に発売されたんだよ。
「知ってるよ。ラベルに書いてあるじゃん」
 という人がいるかもね。そーなんだよね、今度ラベルをマジマジと見てほしいんだけど、"since 1909"としっかり印刷されてるよ。
 発売時はレモン風味の炭酸飲料ということで単に『シトロン』という商品名だったんだけど、大正3年(1914)に大日本麦酒の清涼飲料水のブランド名として『リボン』が採用されたことで『リボンシトロン』と改称されたんだ。古株のサイダーの中では炭酸は弱めでマイルドな味が売りだったんだけど、現行のものは現代人に合わせて少し炭酸を強めにしているそうだ。
 ところで昭和生まれがリボンシトロンと聞いて、パッと頭に浮かぶのはマスコットキャラの『リボンちゃん』だよね。
リボンシトロン4.jpg リボンちゃんは昭和32年(1957)生まれで、リボンシトロンに限らずサッポロの清涼飲料水全般に使われているマスコットだ。平成11年(1999)に一度、引退して全商品から姿を消したんだけど、平成17年(2005)から復帰。現在ではリボンシトロンのマスコットとして活躍しているよ。以前は服と髪にしか彩色されていなかったものが、復帰したリボンちゃんは顔にも色が付いてるんだけど気付いたかな?



■リボンちゃんの誕生した年のCM(濃縮ジュース) 1957年■

http://www.youtube.com/watch?v=J9hxo0V0H60&feature=related



■リボンちゃん、アッピー(札幌駅地下街のキャラ)とEXILEするの巻 ゆるっ!■

http://www.youtube.com/watch?v=9U-yQvY64gY



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ボンタンアメ [食]

ボンタンアメ.jpg「昭和のお菓子を扱っているのにボンタンアメは取り上げないんですか」
 こんな質問を度々、頂いて困ることがある。何故って、ボンタンアメは昭和発のお菓子じゃないからだ。
 何とボンタンアメが誕生したのは大正15年(1926)なんだな^^; 鹿児島のセイカ食品が販売製造を始めて、今年で84年になる。
 キャラメルみたいな格好なんだけど、実体は餅に水飴を練り込み、阿久根産のボンタン・オイルを添加した求肥(ぎゅうひ)の一種なんだよ。お菓子の分類上では、キャンディーやソフトキャンディー、キャラメルなどなどバラバラに扱われてるんだけど、実際はそのどれでもない極めてユニークなお菓子なんだ。
 セイカ食品の前身は鹿児島菓子(株)という水飴の製造会社で、大正14年は会社にとって危急存亡の年だった。水飴が売れない。おまけに商品を輸送中の船でブリキ缶に穴が空き、水飴が台無しになった上に、船会社からは甲板の原状回復費を請求されちゃったのだ。フツーなら潰れるしかない状況下で、創業者の玉川壮次郎さんはある日、餅米と水飴と砂糖を独自の製法で捏ね合わせた朝鮮飴という鹿児島の銘菓を、社員がハサミで細かく切って遊んでいる姿を目撃する。その形状を見ているうちに、壮次郎さんは当時、既にヒット商品になっていた森永のミルクキャラメルと細かく切った朝鮮飴がダブって見えてきたんだよね。
「これをキャラメルのようにして売ったらヒットするんじゃないだろうか」
 そこで佐賀・熊本産の餅米ヒヨクモチをメインに阿久根さんのボンタンから抽出したオイルにいちき串木野のボンタン果汁、九州産うんしゅうミカン果汁などを加えた飴をキャラメルと同じパッケージングにして売り出したところ大当たり。会社も危機から脱却することができたのだった。
 ボンタンアメというと誰もが思い浮かべるパッケージデザインは基本的に発売当時のままだ。当初は「田舎っぽい」とも言われたんだけど、使い続けているうちに何世代にもわたって親しまれる顔になっちゃった。もちろん、今後も変更の予定は全くないそうだ。
 同じく大正時代に誕生したオブラートにくるまれ、優しい甘味とほのかなボンタンの香りを静かに漂わせながら、ボンタンアメは昭和を生きた人々に愛され、平成の今も大正の姿のまま、店の棚に並んでいる。



■ボンタンアメの箱を開けてみた♪ あの淡い香りが漂ってきそうですね!■

http://www.youtube.com/watch?v=rf2D8m9ugMQ


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バヤリースオレンジ [食]

バヤリーズ2.jpg ぼんくら少年はミカンやレモンといった柑橘系の果物に目がなかったんだけど、特にオレンジは別格の存在だった。1970年代にだってオレンジはあったんだけど、1個が300円はゆうにする高価な果物だったのだ。ごくまれにお土産で頂いたものを家族5人で分け合って食べるもんだから、まるでハンバーグプレートのデコレで付いてくるような5分の1カットを口にするのがせいぜいで、まるごと1個にむしゃぶりつけたのは、下宿暮らしを始めてからだった。
 そんな口寂しい20世紀少年の救世主が『バヤリースオレンジ』だった。『バャリースオレンヂ』という綴りで覚えてる人もいるかもしれないけど、これも正解! 昭和62年(1987)以前はこの表記だったんだ。
 なんでそうだったのかというと、そもそもこの飲み物がアメリカ生まれで、"Bireley's" という綴りだったからだ。
バヤリーズ3.jpg バヤリースオレンジが誕生したのは、なんと昭和13年(1938)。アメリカの科学者フランク・バヤリーが果汁の風味や香りを損なうことなく長期保存するための殺菌法を開発し、それを米ゼネラルフーズ社が買い取って発売したんだ。
 日本では朝日麦酒(現アサヒビール)がゼネラルフーズと契約を締結して、昭和26年(1951)に販売が開始された。本当は昭和24年(1949)にはウィルキンソン社(れっきとした日本の会社だよ!)が日本国内での製造販売権を取得して進駐軍向けに供給していたんだけど、当時の国内法との絡みでおおっぴらに売ることができずにいたんだ。よって全国販売が開始され、平成2年(1990)に兵庫県西宮市塩瀬町生瀬のウィルキンソン鉱泉が閉鎖されるまでは、製造はウィルキンソン・タンサン鉱泉株式会社が行っていた。
 日本では、原価を押さえ込むためにオレンジにミカンをブレンドした20パーセント果汁になってるから、チープな感じがするかもね。でも当時は生の果汁が使われているということだけでも十分に話題性があったわけで、販売が開始されるとたちまちヒット商品になっちゃった。
 売り上げのピークは意外に最近で、平成9年(1997)の1732万ケース。以降は『Qoo』や『なっちゃん』などのライバル商品や緑茶ブームのあおりをくって、平成15年(2003)には710万ケースにまで激減する。その後、着色料を廃止するなどのリニューアルを着々と行った結果、現在では1400万ケースにまで販売数を回復して再び果汁飲料市場のトップの座に付いている。なんだかバヤリースオレンジって昭和の飲み物って印象が強いんだけど、未だに清涼飲料水の世界では王様級の存在なんだね!
バヤリーズ1.jpg ところで懐かしいマスコットキャラのバヤリース坊や(バヤ坊)だけど、ぼんくらオヤジと同じ昭和34年(1959)の生まれだよ。平成11年(1999)に一度引退したんだけど、平成14年(2002)に復活を遂げ、現在ではオレンジだけにバヤ坊が使われている。やっぱり昭和生まれにとってバヤリースオレンジとバヤ坊は分けて考えられない存在だよね(笑)。

注: コメント欄にて井上酒店さんからバヤリースオレンジには10と50があるとの情報を頂きましたが、これはアサヒ飲料から出ているリターナブル瓶のみで、それぞれ果汁のパーセンテージを表しています。それ以外はオレンジ&ミカンの20パーセント果汁となります。話が複雑になるのを避けたかったので敢えて書きませんでした。ついでなので補足しますが、アサヒ飲料とは別系統に沖縄バヤリースという企業があって、沖縄バヤリースの出しているバヤリースオレンジは果汁10パーセントのみで、内容もミカンを含まないオレンジ果汁となります。こうした違いは本土でバヤリースオレンジが販売された当時、沖縄がアメリカの支配下にあったという事情によりますが、話が込み入っていますので、ここではこの辺に留めたいと思います。



■"Drink California!" 1980年代前半■

http://www.youtube.com/watch?v=iWQyTi1dxx8



■ 「おいしさ盛りは カリフォルニア」 1988年■

http://www.youtube.com/watch?v=GTBacm4aMMA



■「飲むなら、メジャーだ」 久保田利伸編 1991年■

http://www.youtube.com/watch?v=dgqTCKNzbEA


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マルシンハンバーグ [食]

マルシンハンバーグ1.jpg 小学校低学年の子どもが作れる料理なんてインスタントラーメンがせいぜいっていうご時世に、油も引いていないフライパンで焼くだけで出来るハンバーグがあった。『マルシンハンバーグ』だ。
 昭和37年(1962)にマルシンフーズが発売したマルシンハンバーグは、現在でこそ鶏・豚・牛肉の合い挽きを使用しているものの、発売当初は高価な牛肉が使えずに鯨・豚・マグロと玉ねぎ、パン粉、脱脂大豆や小麦を加工した植物性タンパクを練り合わせてラードでコーティングしたものだった。
 ハンバーグの発売に先立つ2年前の昭和35年(1960)に設立されたマルシンフーズはマグロの切り身やイカのもろみ漬け、煮こごりなんかの水産加工品を扱う会社としてスタートしたんだけど、創業者の有川有一さんは目の付け所が違う経営者だった。食の欧米化が進んでいた家庭の食卓に注目し、
「ハンバーグを家庭でカンタンに作れるようになったら、きっと売れる」
 と確信する。
 とはいえ、いくら美味しくても高ければ庶民の口には入らない。そこで水産加工業者ならではの智恵が鯨・豚・マグロの合い挽きというアイデアを生み出したんだね。これで原料コストはクリアだ。
マルシンハンバーグ2.jpg 次は、どう鮮度を保つかだ。なんといっても1960年代は電気冷蔵庫がやっと普及し始めた頃で、あくまで常温保存が前提。当時の流通事情を考えると、せめて10度以下の温度で2週間は鮮度を保つ必要があった。
 もうひとつのハードルは、どうすればカンタンに調理できるかだ。手間がかかっちゃ主婦からそっぽを向かれちゃうもんね。
 この鮮度と調理の手間を一挙に解決したのが「油脂コーティング」だ。熱処理して殺菌したハンバーグ全体にラードを塗れば外気と遮断されて鮮度は保たれるし、フライパンに油を引かずに済む。
 こうしたアイデアの集積は1個14円という驚異的な低価格となって実を結ぶ。コロッケが10円、牛乳が14円、コーヒーが60円の時代のことだ。
 高度経済成長期の消費者心理を見事に捉えたマルシンハンバーグは売り上げを急速に伸ばし、昭和45年(1970)のオートメーション工場の建設を機に生産拠点を全国8ヶ所に増やした結果、昭和50年(1975)から昭和52年(1977)にかけては日産100万食を生産する絶頂期を迎えたのだった。
 時代の波に乗って寵児にのし上がったマルシンハンバーグは、1980年前後を境に、再び時代の要請によって、今度はトップの座を滑り落ちていく。チルド食品が発達、普及して本格的なハンバーグがカンタンに食べられるようになった結果、庶民の味方はチープなニセ物というレッテルを貼られることになってしまったのだ。
「マールシン、マールシン、ハンバーグ♪」
 大阪万博以降に少年少女だった昭和生まれなら間違いなく知っているCM。『ハクション大魔王』『タイムボカン』シリーズなどアニメ番組のスポンサーになり、子どもたちの心をがっちりと捉えるストーリー生のあるCMを流していたよね。これも平成2年(1990)に中断せざるを得ないぐらいマルシンハンバーグの売れ行きは悪化し、平成12年に底を打つまで冬の時代が続く。
マルシンハンバーグ3.jpg それが平成17年(2005)になって、15年ぶりにテレビからお馴染みのCMソングが流れるようになった。日本経済が冬の時代を迎え、懐事情の厳しくなった庶民が、再びマルシンハンバーグに注目するようになったのだ。具材を鶏・豚・牛肉の合い挽きに変更して食品添加物を控えるなどの品質向上を行って値段を据え置く企業努力も功を奏した。
 高度経済成長期を支えたマルシンハンバーグは、今度は経済の氷河期にある日本の庶民の味方になろうとしている。



■マルシンハンバーグCM 転校生男の子編 1980年代■

http://www.youtube.com/watch?v=skYv0HxO9Kk



■マルシンハンバーグCM 転校生女の子編 1980年代■

http://www.youtube.com/watch?v=umNdg6Yfq5o


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シーチキン [食]

シーチキン1.jpg ホッチキスとかタッパーとか、それが一般名に思えるほど定着しちゃう商品名っていろいろあるよね。
 はごろもフーズが昭和33年(1958)に発売を開始したマグロやカツオの油漬け缶『シーチキン』も、日本じゃツナフレークと呼ぶよりも通じるんじゃないだろうか。名前の由来は読んで字の如しで、味が鶏肉のササミに似ていることからその名が付いたそうだ。
 シーチキンに先立つツナ缶の歴史はさらに古く、研究自体は日露戦争の頃から各地の水産試験場で行われていたんだけど、商品化に成功したのは昭和4年(1929)のことだ。静岡の水産試験場が開発に成功し「富士丸ブランド」のラベルを貼ってアメリカに試験的に輸出したところ、これが大当たり。気をよくして民間業者に声をかけたところ、現在のSSK清水食品株式会社が真っ先に手を挙げ、生産を開始。翌昭和5年(1930)には9800ケースをアメリカに輸出して成功を収めた。そしてさらに翌年の昭和6年に2番手で手を挙げたのがはごろもフーズの前身である後藤缶詰で、同社は戦後、消費の伸びを見越して供給先を国内に切り替え、現在の地位を築いたのだった。
 ところでシーチキンと一言でいうけど、形状や調理法によって様々な種類があるって知ってた?
シーチキン2.jpg 例えば形状だけど、3種類あるんだよ。
 先ず、ほぐさずにまんまの形で缶詰にしたブロックタイプ(ソリッドタイプ)というのがあって、これは料理に応じてどんなふうにも使えるものだ。『シーチキンファンシー』はこのタイプだよ。
シーチキン3.jpg 次がチャンクタイプといって、身を大きめにほぐしたもので、カレーやシチュー、オムレツなど、形の分かるほうが美味しそうだし、食感もそれなりに感じられたほうがいい料理に向いている。チャンクタイプのものは『シーチキンL』のみが販売されている。
シーチキン4.jpg 最も一般的なのはフレークタイプで、これは思いっきり細かくほぐしてあるよね。ご存知の通りで、フレークはサンドイッチや手巻き寿司、おにぎりなどに非常に便利な食材だ。『シーチキンフレーク』や『シーチキンLフレーク』『シーチキンマイルド』がこのタイプになる。
 調理法でみると4種類に分けられるよ。
 最もフツーの油漬けだけど、油は綿実油か大豆油に野菜エキスを合わせたものを使っていて、『シーチキンファンシー』と『シーチキンフレーク』は綿実油、『シーチキンL』と『シーチキンLフレーク』は大豆油を使っている。ただし『シーチキンマイルド』に限っては大豆油のものとキャノーラ油のものがあるからね。キャノーラ油を使用している缶には大きく表示がしてあるから分かると思うよ。
 油漬けではなく油と野菜エキスを味付け成分とした水煮のシーチキンもあって、これはフレークにそれぞれコーンや大豆、ポテト、ダブルビーンズ、チーズなどを加えて調理した変わり種になっている。『シーチキン・プラス』というシリーズがそうだ。
 水煮はさらに、油を使わずマグロ節とマグロエキス(あるいはカツオ節とカツオエキス)に国産塩を加えて仕上げた『素材そのまま』シリーズと、味付けは一切行わずに天然水だけで煮た『食塩・オイル無添加シーチキン純』がある。
 あ、それから『シーチキンマイルド』はマグロじゃなく、カツオ・フレークだよ。ちなみに使用されるマグロは世間を賑わせているクロマグロじゃなく、ビンナガマグロとキハダマグロだから安心してね。回転寿司からマグロが消えても、シーチキンは生き残るはず(笑)?



■名前の由来をCMにしています。古そうなんですが年代不明です^^;■

http://www.youtube.com/watch?v=x9beJd4uOS0



■スターウォーズもどきバージョン(笑) 1978年■

http://www.youtube.com/watch?v=2Q02weIJD3I



■十朱幸代夏休みバージョン 懐かしいですねぇ! 1988年■

http://www.youtube.com/watch?v=2L8pTu_FZdg


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