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ホッピング(ポゴ・スティック) [遊び]

ホッピング1.jpg 底にバネが仕込まれた取手と足場の付いた棒ってなぁ~んだ? って急に言われて「え~?」って思った人でも、これに乗ってピョンピョン飛ぶんだとヒントをもらえたらすぐに思い出せるだろう。『ホッピング』とか『ポゴ・スティック』と呼ばれている遊具だ。
 日本には昭和31年(1956 ※1957年説も有)に上陸して、恐らくは日本の玩具業界ではお初のブームを巻き起こしたという説明が多いけど、実は昭和5年(1930)頃に『スポオツヂャンプ』って名前で発売されてるんだよね。
 ホッピングという名称は日本上陸時に付いたもので、正式名称はポゴ・スティックのほうだ。もっともポゴ・スティックが大人もターゲットにしていたのに対して、ホッピングは完全に子供向けだったって違いはあるんだけど。
ホッピング2.jpg ポゴ・スティックの出自についてはビックリするぐらい諸説が乱れ飛んでいる。例えば、ドイツの"Pohlmann & Goppel"という会社が製造してイギリスに輸出したので"PoGo Stick"と呼ばれているというお話。一見「ほー」って思える説なんだけど、情報源が不明な上に肝心の会社が存在したという記録がドイツにないんだよね(笑)。んでもって、お次はこれの変形版で、どこの会社かは不明だけどお初はドイツっていう投げやりな説。こんな調子で紹介してたらキリがないよ^^;
ホッピング3.jpg ハッキリしてるのは大正8年(1919)にアメリカで特許が取得されているということだ。パテントの持ち主は、幼児用家具や玩具のデザイナーだったジョージ・ハンズバーグ。アメリカのギンブル・ブロス百貨店が現在のポゴ・スティックの原型となった木製の遊具をドイツから輸入したんだけど、どういうわけか輸送中に腐っちゃったりひん曲がっちゃったりで、てんで売り物にならない。困り果てた百貨店がハンズバーグに改良を依頼したところ、ハンズバーグは総金属製でスプリングを内蔵した遊具を開発し、ニューヨークのエルムハースト製造所に作らせた。少なくとも現在のポゴ・スティックはこうして生まれたのだ。
ホッピング4.jpg 日本での第一次ブームは「やり過ぎると胃下垂になる」という風評被害に遭って数年で廃れちゃったんだけど、昭和56年(1981)にバンダイが『スカイホッピー』として売り出すとブームが再燃。現在ではジャンプ力と安定性を飛躍的に向上させた『フライバー』が新たに注目されているよ。こっちは明らかに大人向け。体力と運動神経に自信があったら試してみない?



■バンダイ『スカイホッピー』のCM 1989年■



■ジョージ・ハンズバーグ氏がテレビ出演した貴重な映像 1959年■



■21世紀のポゴ・スティック『フライバー』 スゲぇ! 2009年■


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B級玩具傑作選 - バスケットピンポン [遊び]

バスケットピンポン1.jpg コーン型のバスケットにピンポン玉を入れてグリップにあるレバーを押すと、板バネの「カチン」という音とともに玉が飛び出す。この玉を受ける側もバスケットで受け止めて打ち返す。
「こんな遊びってなかったっけ?」
 ブロ友のファジーさんからこんな宿題を頂いた。
「あ~、あったあった!」
 と思い出したのはよかったんだけど、肝心の名前が思い出せない。いろんなキーワードを思い付いては片っ端から検索エンジンに放り込んでみたものの、収穫ゼロ。半分、諦めていたら、同じくブロ友のりみっとさん
「バスケットピンポンという名前ですよ♪」
 と教えてくださった。『バスケットピンポン』って名前だったんだ! これ、友達や弟妹と夢中になって遊んでた時期があったんだけど、その頃は名前を知らなかったんだよね^^; 
バスケットピンポン2.jpg 早速、調べてみたら未だに作って売ってた(感涙)。いつ、誰が発売したのかは全く分からなかったけど、いいや♪ 思い出させてもらっただけでも十分に価値有りだよ。ついでに片一方だけになってバネの部分が錆び付いたバスケットピンポンが長いことオモチャ箱に転がっていたことも思い出した。どうしてだろう、胸の片隅がチクリと痛い。
 記憶の引き出しを開けてくださったファジーさんりみっとさんに改めて感謝!


業務連絡: りみっとさん、ブログをお持ちでしたらURLを教えてください♪
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学校給食とマーガリン [食]

給食マーガリン3.jpg ぼんくらオヤジがずーっと気になっていた給食のアイテムがある。給食には付きものの銀紙に包まれたマーガリンだ。森永のスクールマーガリンや雪印のミネマリンマーガリン等々、いろんな会社のものがあったよね。
給食マーガリン1.jpg 中でも、ぼんくらオヤジの記憶にしっかりと残っていたのがリスのマークのマーガリンだ。銀紙に印刷されたリスの絵柄を覚えていただけだったので追跡は諦めてたんだけど、先日、業務用の食材を扱うお店でこのマークを発見! 40年目にしてメーカーが判明した(笑)。
リス印マーガリン.jpg 旭電化工業株式会社(現ADEKA)。とても食品を製造している会社とは思えないよね^^; 大正6年(1917)創業の老舗で、たしかに7割は化学工業製品を製造してるんだけど、残りの3割を占めているのは業務用食品だ。それも副業なんて片手間なものではなく、食品業界では斬新な製品で広く知られる存在だったようだ。
給食マーガリン2.jpg その好例が昭和4年(1929)に発売された『リス印マーガリン』で、これはおそらく国産品のお初だ。戦後の学校給食にいつからマーガリンが付くようになったのかは分からないけど、既に1950年代にはコッペパンとマーガリンの組み合わせがお約束になっていたので、その頃には子どもたちもリス印マーガリンをコッペパンに塗っていたはずだ。
給食マーガリン4.jpg 給食にマーガリンが採用されたのは、バターの動物性脂肪が問題視されたんじゃなく、単純に安かったからだ。トランス脂肪酸の弊害が指摘されながらもマーガリンが給食から駆逐されなかったのと同じ道理だ。巷で言われてきたほどヘルシーじゃないようだけど、昭和の子どもたちの成長に欠かせない栄養源の一つだったマーガリンは、日々、平成の子どもたちをも養っている。
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ポン菓子 [食]

ポン菓子1.jpg ブロ友のれお君のお母さんから『ポン菓子のニンジン』をお友達から頂いたというメッセージを頂いた。キレイに忘れてたけど、ニンジンをかたどった袋に詰めて売ってるポン菓子が駄菓子屋にあったよね♪
 ポン(ドン)菓子は、米などの穀物に圧力をかけ、それを一気に解放することで膨らませた駄菓子だ。地方によって呼び名は様々で、ポンポン菓子やバンバン菓子、ばくだん(あられ)、こめばせ、ポンはぜ、ぱっかん、パン豆、たん豆等々、挙げたらキリがない。
 ポン菓子の作り方は面白いよ! 先ず、穀類膨張機の圧力釜に生の米などを入れて密閉し、釜を回転させながら加熱する。そして釜の内圧が10気圧程度まで加圧されたらフタをハンマーで叩いて開け、一気に減圧する。こうすると、原料内部の水分が急激に膨張して、もの凄い音を立てながら釜の外に飛び出してくる。米粒なんかは、これで10倍程度の大きさにまで膨らむんだから不思議だよね。フツーはこれに水アメを絡めたり、砂糖をまぶしたりして甘味をつけるんだけど、中にはあっさり塩味なんてのもあったりするよ。
ポン菓子3.jpg 行商のいわゆる『ポン菓子職人』さん達が各地を廻りながら露店販売を行う姿は、どうやら大正時代にまで遡ることが出来そうだ。生前に父が話してくれたのを思い出したんだけど、戦前のポン菓子職人さんは、子どもたちの集まる場所に穀類膨張機を乗せたリヤカーを引いてきて、子どもたちが持参したお米をポン菓子に加工してくれたんだそうだ。
 いやぁ、日本の古き良き時代を彷彿とさせる光景だよね! でもね、聞いて驚くなかれ。ポン菓子が誕生したのは日本じゃなく、なんとアメリカだったんだよ。明治34年(1901)、アレクサンダー・ピアース・アンダーソンが偶然、実験中の事故で米が膨らむことを発見して特許を取得し、『パフライス(Puffed rice)』として売り出したのがお初なんだ。元祖シリアルと言ってもいい存在だたんだね。
ポン菓子2.jpg 戦後、過密になった住宅地でドカンドカンとポン菓子を製造するのはさすがに難しくなってきたことや、道交法の整備によって路上販売がしにくくなってきたこと、巡回で生活が不安定な上に高収入が望めず後継者が激減したことなどで、ポン菓子職人さんは、昭和30年代を境に急速に姿を消していった。ぼんくらオヤジも「ポン菓子は駄菓子屋で買うもの」だったから、昭和40年代の世田谷では、ポン菓子の路上販売は既に過去のものだったんだよね。今ではお祭りなんかのイベントとして行われる程度だけど、お菓子自体は未だに根強い人気を誇っていて、袋詰めのポン菓子がコンビニに置いてあったりするよ♪



■「ドカン!」の瞬間 これを今の街中でやられたら大騒ぎだろうな^^;■



■韓国のポン菓子職人さん ソウル近辺のイベントにて 2008年■


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B級玩具傑作選 - 吹き上げパイプ [遊び]

吹き上げパイプ.jpg 先端にバスケットが付いている不思議なパイプ。このバスケットにボールを乗っけてプゥと息を吹き込むと、あーら不思議、ボールはこぼれ落ちることなく宙に留まり続ける。知ってるよね、『吹き上げパイプ』。妹が一時期、親が心配するほどこれに熱中していたせいでね、ぼんくらオヤジはこれを見る度に妹のヨダレを思い出すんだよね^^;
 単純なものほど面白く飽きないというけどホントだね。自分の吹き込んだ息が目の前で不思議を作り出すんだもの。
「なんでボールがどっかへ飛ばずに浮いたままなの?」
 妹に訊かれてお手上げだったのは兄貴だけじゃなかった。父も即答できずに、結局は大学の同僚に理屈を教えてもらった由。ただ幼稚園児に説明できるような代物じゃなかったようで、妹が父のレクチャーを受けることは終ぞなかった。
 吹き上げパイプの神秘は、18世紀に発見された『ベルヌーイの定理』という流体力学の法則に基づいている。水や空気のような流れる物質(流体)の立ち振る舞いをシンプルに表した式で、流体のスピードが上がるほど、流れの中にある物質が受ける圧力は下がっていくという現象を見事に説明している。
「あんな鉄の塊がどうして飛ぶの?」
 なんて飛行機嫌いの人はよく言うけど、あれの答えだね(笑)。
 じゃあ、ベルヌーイの定理に基づいて吹き上げパイプのことを考えてみようか。
 先ず、パイプの先端の穴から息が吹き出してボールが浮き上がる。ボールはランダムな方向に飛ぼうとする。でも、ボールを支えている息の流れは周囲の空気よりも早いため、ボール周辺の圧力は低くなる。ボールは低い圧力に引き寄せられて息の中心軸に戻る。
 こういう現象を起こすためには、息の中心軸とボールの軸が一致している必要があるんだけど、してみるとバスケットは単なるボールの支えじゃないんだね。はぁ~、良くできたオモチャなんだねぇ、感動!

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コラーゲンと昭和 [テクノロジー]

コラーゲン1.jpg 今日、1月26日は『コラーゲンの日』として日本記念日協会に登録されてるんだけど、知ってた? 実はこの情報、ぼんくらは先日まで知らなかったんだけど、ブロ友の93chanさんが教えてくれたんだよ(93chanさんに感謝!)。昭和35年(1960)に、日本皮革研究所(現ニッピ・バイオマトリックス研究所)の西原富雄博士が「不溶化コラーゲンの可溶化技術」の特許出願を記念してのことなんだけど、これがどうして日本の記念になるほどのことなんだろう?
  コラーゲンは肌や人体、腱、骨、軟骨などを作るタンパク質の一つで、身体を構成するタンパク質の約3割を占めている。なんでそんなに大きな比重を占めているかというと、コラーゲンは主に多細胞生物の細胞と細胞をくっつけ、骨や軟骨などでは骨組みの役目も果たしている物質だからだ。
 もちろんヒト以外の多細胞生物にも例外なくコラーゲンは含まれていて、人間は古来からコラーゲンを自然界から得て利用していた。例えば、膠(にかわ)は獣や魚の骨、皮などを石灰水に浸してから濃縮し、冷やして固めた接着剤だし、同様の方法でゼラチンのような食品も作り出してきた。こうしたコラーゲンは水溶性(可溶性)のものでカンタンに抽出することが出来るんだけど、大量には得ることが出来ない。
コラーゲン2.jpg コラーゲンのほとんどは安定した不溶性(水に溶けない)のもので、これを可溶性のものにして抽出できるかどうかが工業化のカギになってたってたんだけど、それを実現したのが先の西原博士の研究だったんだ。医療用インプラントの素材や食用ゼラチン、接着剤や医薬品のカプセル、化粧品などに使用する工業用ゼラチンが大量に安定供給されるようになったのは、この研究成果のおかげといっていいだろう。
 ヒトのコラーゲンは現在、30種類以上が知られているけど、最も代表的なコラーゲンはI型と呼ばれていて、骨や皮膚に非常に多く含まれている。昨今もてはやされているコラーゲンはこれで、塗ると潤いのある肌になるってことで様々な化粧品に配合されている。でもね、残念ながら期待できるのは保湿剤の役割だけで、これを塗ったからといってコラーゲンが皮膚に吸収され、皮膚の健康に役立つことはないんだよね^^; 
 これは食べる場合も同様で、コラーゲンを豊富に含んだサプリやコラーゲン鍋なんかが皮膚の張りを保ったり関節痛を軽減するという説も、少なくとも厚労省は認めていない。経口摂取しても、消化の段階で単なるアミノ酸に分解されちゃうからだ。ただし、単体ではなくビタミンCやリシンと一緒にコラーゲン入り食品を食べると細胞の再生を促進する可能性のあることも京都府立大学の研究などで明らかになってきているので、今後の研究次第では実効性のある美肌食品も夢じゃないかも♪
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B級玩具傑作選 - 魔法刀 [遊び]

魔法刀1.jpg このイラストの坊やは別に気が触れてるわけじゃないよ^^; 限りなく不気味ではあるけどね。坊やが振りかざしてるのは『魔法刀』といって、刃はプラスチック製だ。刃先は丸くなってる上に、力が少しでも加わると刃自体がサヤに引っ込むようになってる。でもってリリースすると、刃は再びバネの力でサヤから飛び出す仕組みだ。だから遠くから見た分には、本当に刺されたような臨場感を味わえるという、実に悪趣味なオモチャなのだ。
 魔法刀は、ぼんくら少年の母がもの凄く嫌っていて、家に持ち込もうものなら有無をいわさず捨てられちゃった。ムリもないよねぇ、リアルな殺人シーンを遊びにするなんて、まともな感覚の母親なら許容範囲を軽く超えてるもん。
 でもなぁ、それが分かっていても止められないんだよね^^; どーしてだったんだろう? 
魔法刀2.jpg サディスティックな感情があったわけでもなければ、残酷さがアドレナリンの分泌を盛んにしたわけでもない。ナイフもピストルも、それがオモチャである限りにおいては、少しでもホンモノに近いほうが面白かったんだよね。プラスチック製の軽々としたピストルよりは、重たいモデルガンのほうがワクワクする道理で。
「じゃあ、自分の息子が魔法刀で刺されて『ぐわぁ~』なんて叫んで倒れるマネをしてたら平気?」
 と聞かれたら、ん~、やっぱりイヤだなぁ! あ"ー、ダブルバインドや~。頭が痒くなってきちゃったよ^^;
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あなたにもチェルシーあげたい♪ [音楽]

チェルシー.jpg 明治製菓の『チェルシー』が発売されたのは昭和46年(1971)。年明け早々にザ・タイガースが解散し、『新婚さんいらっしゃい!』と『スター誕生!』が始まり、成田空港の第一次強制代執行が行われ、大久保清事件が発生し、京王プラザホテルが開業を開始し、マクドナルド日本第1号店の銀座店がオープンした年だったんだけど、覚えてるものはある? ぼんくらは何といっても新宿副都心の超高層ビル第1号となった京王プラザホテルのことがいちばん頭に焼き付いててるよ。わざわざ自転車に乗って友達と見物しに行ったもんね。
 チェルシーと聞いて真っ先に浮かぶのは、味よりもパッケージかもしれない。ヒッピームーブメントを思わせるサイケデリックなデザインなんだけど、当時のデザイナーは「英国的で高級なイメージ」を想定していたみたい。高級かどうかは別だけど、お馬鹿ムービーの『オースティン・パワーズ』を思い出してみれば、たしかに英国的なのかもしれないね(笑)。このデザインは40年近く経った今も基本的には変わっていない。
 変わっていないのはCMソングも一緒で、安井かずみ作詞、小林亜星作曲の「チェルシーの唄(手のひらの愛)」は、様々な歌手によって歌い継がれてきた。オリジナルは昭和46年(1971)のシモンズで、ガロ(1972)、ペドロ&カプリシャス(1975)、南沙織(1976)、はつみ・ひとみ(1977)、カラベリ・グランド・オーケストラ(1977)、サーカス(1979)、八神純子(1981)、あみん(1982)、大貫妙子(1984)、アグネス・チャン(1985)、蒲原史子(1988)、In The Nua(1989)、有澤圭子(1991)、ハイ・ファイ・セット(1991)、シーナ&ロケッツ(1994)、パフィー(1997)、小野貴子&宮内美枝(1999)、上原多香子(2000)、CHEMISTRY(2003)と続く。覚えてるミュージシャンのってある?
 


■「チェルシーの唄」メドレー集 まあいろんな人が歌ってます♪■

http://www.youtube.com/watch?v=kMzuXqaUq6w



■チェルシーのCM by ペドロ&カプリシャス 1975年■

http://www.youtube.com/watch?v=7NwY9DB0UuM



■チェルシーのCM by CHEMISTRY 2003年■

http://www.youtube.com/watch?v=VTRGGirpS9A


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電気コンロ [テクノロジー]

電気コンロ1.jpg ぼんくら少年が小3の冬だったと思う。居間で妹とトランプをしていたら、台所から母の金切り声が聞こえてきた。何事かとトランプを蹴散らして台所に駆けつけると、食器棚の下の引き戸が開いていて、床には赤いコンロが引っぱり出されていた。そしてその脇には涎を垂らした2才の弟がデンと座っていて、楽しそうに電気コンロのニクロム線を引っぱり出していたのだった。
 後で父がブツブツ言いながら伸びたニクロム線を太釘に撒いてクセをつけ、躍起になって溝に戻していた姿が未だに目に焼き付いてる。そんな無茶苦茶な方法で「直した」のにちゃんと使えたんだから、当時の機械ってシンプルだったんだねぇ(笑)。
電気コンロ2.jpg 電気コンロは、ニクロム線などの高い電気抵抗を持つ伝導体に通電させることで発生するジュール熱で調理する器具だ。昭和40年代に出回っていたものは通電回路が露出していて、漏電や感電の恐れが高い危険な代物だったんだけど、最近のものは絶縁性の高い素材で通電回路を覆ったシーズヒーターになってるよね。それでもIHに変わる前の電気ヒーターは、ビルトイン式の調理台すらも基本的に昭和の電気コンロと同じ構造だったわけで、それを思うと、つい最近まで台所のテクノロジーは大阪万博前と大差なかったことになる。
電気コンロ3.jpg しかも意外なことに、IHの原理が発案されたのは昭和46年(1971)で、世界初の卓上タイプのIHクッキングヒーターが発売されたのは昭和49年(1974)。普及したのが平成だったわけで、開発自体は昭和史に属する技術だったんだね。昭和生まれよ、昭和が古いといちばん思い込んでるのは、昭和生まれなのかもよ(笑)。
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マジックインキ [文具]

マジックインキ1.jpg ねえ、「マジック」って言葉を聞くと何をパッと思い付く? トランプや人体切断? なるほど、手品のマジックね。じゃあ、
「マジック持ってたら貸してくれない」
 なんて聞かれたら? そう、たいていの人は油性のペンを想像するよね。今や油性マーカーの総称になっちゃってるマジックだけど、元々は寺西化学工業が製造販売する『マジックインキ』という商品名なのだ。
「どんな商品だったっけ?」
 と名前で思い出せなかったら、クエスチョン "?" マークの付いているペンといえば、すぐにピンとくるだろう。
 今や日本を代表する油性マーカー『マジックインキ』が発売されたのは昭和28年(1953)のことだ。アメリカでの視察旅行でフェルトペンのペン先を利用した新型の筆記具に注目した内田洋行の初代社長、内田憲民さんが発案し、寺西化学工業の研究開発によって誕生した共同開発製品で、現在でも商標権は内田洋行が所有している。製造販売元と商標保持者が違っているためなんだろうね、今でもマジックインキの本体やケースには企業名が入っていないんだよ。
 マジックインキの仕組みは、本体内部のインクが毛細管現象によってフェルト製のペン先に絶えず供給されるという実にシンプルなものだ。インクは色の元になる染料や樹脂を有機溶剤に溶かし込んだもので、塗られてから数秒~数分で乾燥・固化し、材料へも極めて染み込みやすい。だから紙類や木材、布などに書き込むと長期間、日光や風雨にさらされたり、洗濯されても消えることがないんだよね。
マジックインキ3.jpg 今でこそ不動の地位にあるマジックインキだけど、発売当時は散々だったんだよ。キャップを開けっぱなしにしてインクが乾いちゃうトラブルが製品のせいにされちゃってクレームが続出。ケースの中には薬並みに懇切丁寧な使用説明書が入ってたんだけどね^^; タバコの「ホープ10」が1箱40円の時代に1本80円という価格設定も足を引っぱり、百貨店で実演販売をしても日に数本しか売れないという厳しい状況をしばし耐えなきゃならなかった。
 それでも4年目を過ぎた頃からジワジワと「すぐ書けてすぐ乾く」という商品の性質が理解され始めて販売実績に上向く兆しが現れ始める。これに合わせて打った当時の売れっ子漫画家、長崎抜天による公開パフォーマンスも効いた。大勢のギャラリーの前で、日比谷公会堂の舞台の端から端まである紙の壁に、たった1本のマジックインキで一気にマンガを描かせ、描き終えたところで、
「魔法のタネはこれだ!」
 とマジックインキを高々と掲げて叫んでもらったのだ。このパフォーマンスは会衆を驚かせただけじゃなく、大手新聞が競って記事にしてくれたおかげで、さして広告に経費を注ぎ込むことなく、マジックインキの名は全国に知れ渡るところとなった。
マジックインキ2.jpg 同時期に裸の大将、山下清がマジックインキを駆使した作品を発表し、カラフルな色合いが注目されたことも市場の急速な拡大に貢献してくれたんだな。す、すごくラッキーなんだな♪
 やがて世は高度経済成長期に入り、木箱が段ボール箱に取って代わるようになると、手軽に書けてすぐ乾き、雨に濡れても滲まないマジックインキは宛名書き等の必需品となり、一般家庭でも欠かすことのできない筆記用具になった。
 様々なペンが開発された現在でもマジックインキは不動の地位を占めていて、原発の配管や、圧雪や氷などへの書き込みといった特殊用途に使用されるなど、その使い道は発売後60年近くを経た今も広がり続けているよ。
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